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用語解説

山修山学・12年籠山行

“最下鈍の者も12年を経れば必ず一験を得ん”の宗祖伝教大師最澄の教育方針に基づき、12年間定められた浄域、結界から一歩も外に出ず、新聞もTVもご法度でひたすら比叡山で宗祖に仕える行。

四種三昧行

三昧とは精神を集中して散乱させぬことを言う。

〈常座三昧〉 90日間、眠気を覚ますための歩行、食事、トイレ以外は結跏正座して堂に籠もる行。
   
〈常行三昧〉 90日間、堂に籠もり念仏を唱え、阿弥陀佛を廻り一日20時間以上歩き続ける行。座臥することなく1メートル四方の縄床で2時間の仮眠のみ許される。
明治時代にある僧がこの行に挑み、足が腫れあがり歩行不可能となり死去。過酷さから以降途絶えていたが、酒井大阿闍梨が千日回峰に入る前の昭和48年に満行している。
   
〈半行非座三昧〉 隋自意に24時三昧に入る。形、期限のない至難の行。

千日回峰行

天台宗独特の不動明王と一体となるための厳しい修行である。
839年、天台宗第三世座主、慈覚大師円仁が遣唐使として唐に渡り、山西省五台山で修行、当時行われていた五台山五峰を巡拝する行を、帰国後弟子の相応和尚に伝授、これに「山川草木悉有仏性」(山や川、一木一草、石ころに至るまで仏性あり)の天台の教義と、日本古来の山岳信仰の流れが加わり、一千日を7年間で回峰巡拝する修行法の基礎が創られたと伝えられる。

現在の千日回峰行は、「12年籠山」「回峰一千日」「堂入り」の全てを満行する厳しい行となっている。
千日回峰行者は、未開の蓮の葉を象った桧笠をいただき、白装束に草鞋ばき、死出紐と宝剣を腰に、もし行半ばで挫折すれば自ら生命を絶つ掟のもとに、1年目から3年目は比叡山中255箇所を巡拝する行程約40キロを休まず各百日間、4年目と5年目はそれぞれ連続2百日、計7百日の回峰をする。
7百日終了の後9日間不眠・不臥・断食・断水で不動明王と一体になる「堂入り」の行を満じる。
6年目は京都市内赤山禅院往復が加わる一日約60キロの行程を百日、7年目は前半百日を僧坊を出て京都市内寺社を巡拝往復する一日84キロの「京都大廻り」、後半百日を山中約30キロを行歩する。
7年間で合計一千日を回峰し「満行」とする厳しい修行である。千日で歩く距離は約4万キロ、地球を一周するに等しい距離になる。

このうち、7百日までの行は自分自身のための「自利行」、「堂入り」の後の8百日以降は“生きた不動明王”として加持を行い、衆生を救済する「利他行」の行としている。
延暦寺の記録に残る千日回峰行者は、平成15年9月満行の酒井大阿闍梨の弟子藤波源信師迄47人、その内二千日は僅か3人である。

堂入り

千日回峰行を目指す行者は7百日の回峰を満じた後、不動堂に籠もり9日間、不眠・不臥・断食・断水で十万遍の不動真言を唱え、不動明王と一体になる行を満じる。
生きたまま出堂できるかわからぬため、親族、一山の僧と別れの儀式をして籠もる「生き葬式」と言われる大変過酷な行である。

10万枚大護摩供

千日回峰を満行した行者は、満行後2、3年以内に自ら発願し、7日間の断食・断水で10万枚の護摩を焚く大護摩供を行う。これも“火あぶり地獄”と言われる荒行である。
更にこの行には百日間、米・麦・粟・豆・稗の五穀と塩・果物・海草類が禁じられる「五穀断ち」の厳しい前行が加わる。

お加持

千日回峰七百日を満じた日から、九日間断食・断水・不眠・不臥の参籠行に入る。「堂入り」である。この「堂入り」を満じて出堂すると「当行満」となり、衆生に不動明王仏の功徳を伝えることが出来る「阿闍梨」の称号を受ける。念珠を人々の頭や肩に触れ、真言を唱えて慈悲の行いをする。これを「お加持」という。